」に傍線]になる為の行事としてゞある。我々は、二度の行事をすまさぬと、一人前の男女には、なれなかつたのである。今日では略して、一回だけしか行はぬが、ほんとうは、二回あつた。第一回の時には、お宮|参詣《マヰリ》をして、それで子どもになつて、村の小さな神に仕へる資格を得る。子どもが、道祖神のお祭りをするのは、何処にでもある。二回目がすむと、村の産土の神に仕へる資格を得る。此二度の袴着を終つたものを、をとこ[#「をとこ」に傍線]・をとめ[#「をとめ」に傍線]といふ。ふんどしはじめ[#「ふんどしはじめ」に傍線]・ゆもじはじめ[#「ゆもじはじめ」に傍線]がすむと、立派な一人前の男女になる。だから、一人前の男女になつてから、初めて褌を締める、ゆもじ[#「ゆもじ」に傍線]をするといふのではない。男女になる前提の行事として、此事が行はれるのである。
此物忌みの褌を締めて居る間は、極端なる禁欲生活をせねばならぬ。禁欲というても、今日の我々の考へる様な、鍛錬風な生活ではない。神秘なる霊力をして発散させぬ為の禁欲である。処が或期間、禁欲生活をすると、解放の時が来る。すると、極めて自由になる。此処で初めて、性の解放がある。さうして、此紐を解いて、物忌みから解放されるのが、湯の中である。即、斎川水《ユカハミヅ》の中である。天子様の場合には此湯の中の行事の、一切の御用をつとめるのが、処女である。天の羽衣をおぬがせ申し上げるのが、処女の為事なのである。そして羽衣をおとりのけなさると、ほんとうの霊力を具へた、尊いお方となる。解放されて、初めて、神格が生ずるのである。
昔から、湯の信仰に就ては、わりあひに考へられて居なかつたが、今考へて見ると、不思議な事が多い。譬へば、御湯殿腹などいふ子どもゝある。そして、お湯殿腹の子、というて重んぜられた、傾向がある。さうかと思ふと、又、垢掻き女に子どもが出来るのは当然だ、とも云はれて居る。此等の事は、日本の昔の産湯の話をして見ると、判然として来る。
一体昔は、今の世の乳母の役をする者が、四人あつた。大湯坐《オホユヱ》・若湯坐《ワカユヱ》・飯嚼《イヒガミ》・乳母である。此大湯坐は、主として、産児に産湯をつかはせる役目をする者、つまり湯の中へ、御子をお据ゑ申す役目なのである。若湯坐も同様である。乳母は、乳をのませる者、飯がみは、飯や食物を嚼んで、口うつしに呉れる者である。
まづ御子が産れると、其御子をば、豪族に附托して、養育せしめる。昔でいふと、其家筋を壬生氏といふ。壬生氏は、壬生部といふ団体の宰領である。
此話で名高いのは、反正天皇がお産れになつた時、天皇の為に、河内の丹比氏が、壬生部となつて、御育て申し上げた。其で、丹比の壬生部氏といふのである。御子が生れると、此氏の者の中から、四人の養育係が選定せられる。前にいうた所の、大湯坐・若湯坐は、高い身分の者から出る。大湯坐はつまり、水の神として、禊ぎの御世話をする役目である。御子がお産れになつた時に行はれるのが、第一回の禊ぎである。
此禊ぎをおさせ申して居る一方に於て、氏の上は、天つ寿詞を申して居る。水の魂をして、天子様となるべき尊いお方におつけ申すのだ。水中の女神が出て来て、お子様のお身体に、水の魂をおつけ申して、お育て申す儀式である。だから、壬生部の事を、入部《ニフベ》とも書いて居る。「入」は水に潜る事であつて、水中に這入る事である。それから、大湯坐は主で、若湯坐は附き添への役である。
此第一回の禊ぎの形を、天子様は、毎年初春におやりなされる。生れ替つて、復活する、といふ信仰である。大湯坐は、年をとつた女で、若湯坐は、年の若い者がつとめる。それから事実に徴して見ると、大湯坐は、天子様の后となるし、若湯坐は、皇子の后となる傾きが見えて居る。飛鳥以前の后は、天子様の御家の禊ぎの行事に、奉仕した女がなつた。丹比氏は、元来禊ぎの事を司つた家筋で、宮廷及び伊勢のお宮へ、八処女を奉つて居る。此八処女は、五節の舞姫に関係があるが、其事は後に言ふ事にする。

     一四

日本の昔の語に、天つ罪・国つ罪といふ並立した語のある事は、前に述べた。其天つ罪とは、すさのをの[#「すさのをの」に傍線]命が、天上で犯された罪で、其罪が此国土にも伝はつて、すべて農業に関する罪とされて居る。つまり、田のなり物を邪魔するのが、此国でいふ処の天つ罪である、とされて居る。だが今では、罪といふ語が、余りに新しい意味の罪悪観念に這入り過ぎて居る様である。天つゝみ[#「天つゝみ」に傍線]のつみ[#「つみ」に傍線]の語原は、他に無くてはならぬ。
万葉集を見ると、雨障・霖禁・霖忌など書いて、あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]とよませて居る。
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あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]常する君は、久
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