剃らずにゐた。身毒は、細面に、女のやうな柔らかな眉で、口は少し大きいが、赤い脣から漏れる歯は、貝殻のやうに美しかつた。額ぎはからもみ上げへかけての具合、剃り毀つには堪へられない程の愛着が、師匠源内法師の胸にあつた。今年は、今年はと思ひながら、一年延しにしてゐた。そして、毎年行く国々の人々から唯一人なる、この美しい若衆はもて囃されてゐた。牛若というたのは、こんな人だつたらうなどいふ評判が山家片在所の女達の口に上つた。
今年五月の中頃、例年行く伊勢の関の宿で、田植ゑ踊りのあつた時、身毒は傘踊りといふ危い芸を試みた。これは高足駄を穿いて足を挙げ、その間を幾度も/\長柄の傘を潜らす芸である。
苗代は一面に青み渡つてゐた。野天に張つた幄帳の白い布に反射した緑色の光りが、大口袴を穿いた足を挙げる度に、雪のやうな太股のあたりまでも射し込んだ。関から鈴鹿を踰えて、近江路を踊り廻つて、水口の宿まで来た時、一行の後を追うて来た二人の女があつた。それは、関の長者の妹娘が、はした女一人を供に、親の家を抜け出して来たのであつた。
耳朶まで真赤にして逃げるやうに師匠の居間へ来た身毒は長者の娘のことを話した。師匠は
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