のです。しかし日本人は、さういふ神々を祖先として感じ易かつた。その論理の筋は訣ります。
今にいたるまで、日本人は、信仰的に関係の深い神を、すぐさま祖先といふ風に考へ勝ちであります。その考へのために、祖先でない神を祖先とした例が、過去には沢山にあるのです。高皇産霊神・神皇産霊神も、人間としての日本人の祖先であらう訣はないのです。つまり、人間の魂を――肉体を成長させ、発育さした生命の本になるものを植ゑつけた、と考へられた神なのであります。
われ/\はまづ、産霊神を祖先として感ずることを止めなければなりません。宗教の神を、われ/\人間の祖先であるといふ風に考へるのは、神道教を誤謬に導くものです。それからして、宗教と関係の薄い特殊な倫理観をすら導き込むやうになつたのです。だからまづ其最初の難点であるところの、これらの大きな神々をば、われ/\の人間系図の中から引き離して、系図以外に独立した宗教上の神として考へるのが、至当だと思ひます。さうして其神によつて、われ/\の心身がかく発育して来た。われ/\の神話の上では、われ/\の住んでゐる此土地も、われ/\の眺める山川草木も、総て此神が、それ/″\、適
前へ
次へ
全15ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング