に解ける。かういふ処から考へると、何れも根本から分化して、各違つた用語例を持つ様になつたのであつて、其が大体、後世の合理解を経て――民間語原は固より、学者の研究も――即、最小公倍数式に、帰納して定められたのではあるまいか。万葉などを基礎にして考へると、どうも此語は、時代人によつて、訣らぬまゝに使はれてゐるらしい。或類型的な祭りとか、其他の類似の行事のときには、かういふ言葉を使はねばならぬものとして、只、無意味に使つてゐるのである。
私の解釈に依ると、この対句は、何れも、高所から垂下してゐる、飾り縄を意味するもので、かげ[#「かげ」に傍線]とは、元来、蔓草である。だから其が、宮殿を褒める時の詞とか、新室ほかひ[#「ほかひ」に傍線]の時の詞として、使はれてゐるのである。そこで、此が転じて来ると、宮殿其ものゝ意味ともなり、又更に転じては、ある解釈に於ける、穆々たる文王といつた、ほのぐらい処に奥深くいます、といふ意味にもなるのである。前にも述べた通り、万葉では此が、影うつす水の意味に転じてゐる。
かうなると、語意が浮動して来て、解釈がつかなくなつて来るが、段々研究を推し進めて行つて見ると、此歌
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