らうが、とにかく、念仏の上の主人物を謡ひて[#「謡ひて」に傍点]にうつした形である。お夏の事を語り歩いた、念仏比丘尼の一類があつたのは事実で、日本式の推理法に従ふと、其がお夏だといふ事になるのである。真のお夏ではなくとも、其懺悔を語るのは、お夏の資格に於てするのである。此が、昔から語り物を語る根本の資格で、お夏の話も、元は尠くとも、お夏といふ念仏比丘尼の、語りあるいた物語であつた事が訣る。それでなければ、お夏が比丘尼になつた訣がわからない。
ともかく、念仏比丘尼即、熊野比丘尼は、虎御前型である。恐らく、虎御前と云ふ名で総称せられるべき瞽巫女も、其出身は、熊野にあるのではあるまいか。伝ふる所に依ると、あの物語は、箱根権現の信仰から生れたのであるといふから、最初に熊野の信仰を、何人かゞ箱根に移して来て、其を伊豆山と関聯させて、こゝに東西に、二つの熊野が出来たものであらう。相摸の二所権現は、熊野から来てゐるもので、其処を根拠とする、一種の熊野比丘尼の一類が、曾我物語を生み出したのである。其等は皆虎ごぜ[#「虎ごぜ」に傍線]と同じく、熊野系統と見られるものである。ところが、此熊野比丘尼は、注意
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