中臣女・物部女などの記載があつて、殊に、中臣女が屡、目に著く。此記録の書かれた時分には、既に固定して、無意味となつて了うてゐるが、これは元来、天皇陛下の御禊に陪して、種々のお手助けをする女である。
そこで、考へに上るのは、古い時代の后妃には、水神の女子が多い事である。私は近頃、水神及び、水神の巫女なる「水の女」の事を考へてゐるが、不思議にも、天孫降臨の最初のお后このはなのさくや[#「このはなのさくや」に傍線]媛だけは、おほやまつみ[#「おほやまつみ」に傍線]の娘であるけれど、其以後の后妃は、垂仁帝あたりまで、大抵、水神の娘である。さうして、さくや[#「さくや」に傍線]媛すら「水の女」の要素を十分に持つてゐられた事が窺へるのである。要するに、出雲系の神は皆「水の神」又は「水の女」で、試みに、すさのを[#「すさのを」に傍線]・おほくにぬし[#「おほくにぬし」に傍線]の系統を辿つて行くと、大抵水神であることを発見する。とにかく、代々の后妃に出雲系、随つて、水神系の多い事は、事実であつて、此で見ると、代々の妃嬪は古く皆、水神の娘の資格で、宮廷に上られ、更に、出雲系の女の形式を以て、仕へ始められ
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