して調べて見ると、何寿といふ名の者が多い。譬へば、清寿の如きは其である。此は、観音信仰から出てゐるのであらうと思はれるが、お夏清十郎の清十郎といふ名前も、当然或聯想を従へて来る。
かういふ風に、祝詞を宣る人とか、或は昔物語を語る人には、一種の不老不死性が、信仰的に認められてゐるのである。天子には人間的な死がなく、出雲国造にも同様、死がない。此は、当代の国造が死んでも、直ちにおなじ資格で、次の国造が替り立つからであつて、後世の理会の加はつて後にも、国造家では、当主が死んでも、喪に服せない慣習であつた。宮廷に喪があるのは、日のみ子たる資格を完全に、獲得する間の長期の御物忌みを、合理的に解釈したのであつた。支那の礼式に合せ過ぎたのである。
それから今一つ、みこともち[#「みこともち」に傍線]の事に関聯して注意したいのは、わが国では、女神の主神となつてゐる神社の、かなり多い事である。此は多く巫女神で、ほんとうの神は、其蔭に隠れてゐるのである。此女神主体の神社は、今日でも尚多く残存してゐるが、最初は神に奉仕する高級巫女が、後には、神の資格を得て了うたのである。彼女等はその職掌上、殊に人間と隔離した生活をしてゐるから、ほんとうの神になつて了ふのである。宮廷では中天皇《ナカツスメラミコト》――又は中皇命――が、それに当らせられる。此は主として、皇后陛下の事を申したらしく、後には、それから中宮・中宮院などゝといふ称呼を生んで来てゐる。平安朝の中宮も、それであらう。中といふのは、中間の意味で、天子と神との間にゐる、尊い方だからである。我々は、普通に此を天皇陛下の方へ引き附けて、神とは離して考へてゐるが、天子が在らせられない場合には、その中天皇が女帝とおなじ意味に居させられる。神功皇后・持統天皇などは、其適例である。つまり、次代の天皇たる資格のお方が出直されるまで、仮りに帝座に即いて、待つてゐられるのである。現に清寧天皇などは、殆《ほとんど》待ちくたぶれておいでになつた様な有様である。
此事を日本人の古い考へ方で云ふと、此等の中天皇は、神の唱へ言を受け継がれる為に、ある時期だけ、神となられるのであるが、後には此に、別種の信仰即、魂の信仰が結びついて、唱へ言をすると、神の魂がついて来る、といふ観念が生れた。神前に供へた食物を喰べても、ついて来るものと信じてゐた。
昔、わが国では、たまふり[#「たまふり」に傍線]といふ事が行はれたが、其原意はやはり、魂を固著させる事である。其が後には、鎮魂即、たましづめ[#「たましづめ」に傍線]といふ様な思想に変化するが、其までの間に、魂がふゆ[#「ふゆ」に傍線]、魂をふやす[#「ふやす」に傍線]などの思想が、存在したのであつて、恩賚即、奈良朝前後の「みたまのふゆ」などゝいふ言葉も、其処から生れて来てゐるのである。
かういふ意味で、神に食物又は、類似の物を捧げるといふことは、相互の魂の交換を図る為である。出雲国造神賀詞なども、其氏の人が、服従を誓ふ為に、唱へ言をすると同時に、其魂が先方へ附くのであるが、其だけでは物足りないので、魂は其食物につく、といふ古い信仰に随つて、食物を捧げ、氏々の祝詞を唱へて、魂を呼ぶ事になつた。鏡餅・水・粢・醴・握り飯など、様々の供物を捧げる根原は、こゝにある。つまり両方面を兼ねて、魂を捧げる、といふ事になつたのである。
だから、唱へ言は、其唱へられる人々からは、寿詞即、齢に関する詞であると同時に、此を唱へる人から見れば、服従の誓詞である。即、守護の魂を捧げて仕へてゐる人の健康を増進せんとすること、其が服従の最上の手段である。後には、其服従を誓ふ詞の表現に、種々の特別な修辞法を用ゐる事になり、譬喩的な誓ひの文句を入れる事になつたが、古い誓ひでは、寿詞を唱へる事が即、誓ひであつて、同時に其が受者から見れば、寿詞であつたのである。
かういふわけで、我が国の古代に於ては、寿詞《ヨゴト》を唱へて、服従を誓ふ事は、即其魂を捧げる事であつたが、此魂と、神との区別は、夙くから混同せられて了うてゐる。にぎはやひの[#「にぎはやひの」に傍線]命は物部氏の祖神と考へられてゐるが、実は、大和を領有する人に附くべき霊魂である。此大きな霊が附かねば、大和は領有出来なかつたのである。だから、神武天皇も、此にぎはやひの[#「にぎはやひの」に傍線]命と提携されてから、始めてながすね[#「ながすね」に傍線]彦をお滅し遊されたのであつた。石[#(ノ)]上の鎮魂法が重んじられたのも、此事実から出てゐる訣であつたのだ。かやうに、下の者から上の者に、守護の魂を捧げると、其に対して、交換的に、上の人から下の者に魂を与へられる。神に祈ると、神の魂が分割されて、その祈願者にくつゝいて働きを起す。後期王朝から見える、冬の衣配り行事は、其遺習
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