神道に現れた民族論理
折口信夫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)大王《オホギミ》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)美豆《ミヅ》乃|小佩《ヲヒモ》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+患」、第3水準1−86−5]
[#…]:返り点
(例)於[#二]天浮橋[#一]
[#(…)]:訓点送り仮名
(例)葦原[#(ノ)]中国
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)まだ/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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一
今日の演題に定めた「神道に現れた民族論理」と云ふ題は、不熟でもあり、亦、抽象的で、私の言はうとする内容を尽してゐないかも知れぬが、私としては、神道の根本に於て、如何なる特異な物の考へ方をしてるかを、検討して見たいと思ふのである。一体、神道の研究については、まだ、一貫した組織が立つてゐない。現に、私の考へ方なども、所謂国学院的で、一般学者の神道観とは、大分肌違ひの所があるが、おなじ国学院の人々の中でも、細部に亘つては、又各多少の相違があつて、突き詰めて行くと、一々違つた考へ方の上に、立つてゐる事になるのである。
しかし、概して言ふと、今日の神道研究の多くは、善い点ばかりを、断篇的に寄せ集めたものである。どうも、此ではいけない。我々現代人の生活が、古代生活に基調を置いてゐるのは、確かな事実であるが、其中での善い点ばかりを抽き出して来て、其だけが、古代の引き継ぎであるとするのは、大きな間違ひであつて、善悪両方面を共に観てこそ、初めて其処に、神道の真の特質が見られよう、と云ふものである。私は、日本人としての優れた生活は、善悪両者の渾融された状態の中から生れて来てゐるのである、と思ふ。
今日でも、沖縄へ行くと、奈良朝以前の上代日本人の生活が、殆ど如実に見られるが、其処には深い懐しさこそあれ、甚むさくるしい部分もあるのである。若し上代の生活が、こんな物だつたとすれば、若い見学旅行の学生などには、余り好ましくない気がして、日本人の古代生活は云々であつた、といふ事を大声で云ふのは気耻づかしく感ずるであらう、と思ふ程である。しかし、其が真の古代生活であるならば、そして又、今日の生活の由つて来る所を示すものとしたら、研究者としては、耻ぢる事なしに此を調べて、仔細に考へて見る必要があらう。
又近頃は、哲学畑から出た人が、真摯な態度で神道を研究してゐられる事であるが、中にはお木像にもだん[#「もだん」に傍線]服を著せた様な、神道論も見受けられるやうである。此なども甚困つたものである。要するに、現代の神道研究態度のすべてに通じて欠陥がある、と私は思ふ。
そこで私の意見は、国学院雑誌(昭和二年十一月号の巻頭言)にも述べて置いたが、現代の神道研究に於ては、古代生活の根本基調、此をきいのおと[#「きいのおと」に傍線]といふか、てえま[#「てえま」に傍線]と云ふか、とにかく、大本の気分を定めるものが把握されてゐないのが、第一の欠点であると思ふ。すべての人は、常に、自分が生活してゐる時代や環境から、其神道説を割り出してゐるが、個性の上に立ち、時代思想の上に立つての神道研究は、質として、余りに果敢ないものである。我々が、正しく神道を見ようとするには、今少し、確かなものを掴んで来なければならぬ。
敢へてこんな事を言ふのは、僣越であるかも知れぬが、とにかく私としては、日本民族の思考の法則が、どんな所から発生し、展開し、変化して、今日に及んだかに注目して、其方向から探りを入れて見たい。いゝ事ばかりを抽象して来て、論じたのでは、結局嘘に帰して了ふ。
神道の美点ばかりを継ぎ合せて、それが真の神道だ、と心得てゐる人たちは、仏教や儒教・道教の如きものは、皆神道の敵だとしてゐるが、段々調べて見ると、神道起原だと思ふ事が、案外にも仏教だつたり、儒教又は道教だつたりする事が、尠くない。こんな事になるのは、つまり日本人の民族的思考の法則が、ほんとうに訣つてゐないからである。日本人の民族文明の基調が、外国人のものに比べて、どれだけ、特異に定められてゐるかを見ずに、末梢的な事ばかりに注意を払つてゐるから、いけないのである。
私は此民族論理の展開して行つた跡を、仔細に辿つて見て、然る後始めて、真の神道研究が行はれるのであると考へる。卒直に云ふならば、神道は今や将に建て直しの時期に、直面してゐるのではあるまいか。すつかり今までのものを解体して、地盤から築き直してかゝらねば、最早、行き場がないのではあるまいか。今までの神道説が、単に、かりそめ葺きの小屋の、建てまし
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