に過ぎなかつたのではあるまいか。今までの私は、全体的に芸術中心・文学中心の歴史を調べて行かうと志して、進行してゐたのであるが、結局それが、神道史の研究にも合致する事になつた。今日の処では、まだ/\発生点の研究に止まつてゐるが、こゝでは、其一端に就て述べて見たいと思ふ。
二
第一にまづ、言ひたいのは、日本の神道家の用語である。祭式上の用語とか、内務省風の用語とかでなく、昔から使はれてゐる神道関係の言葉が、どの位古い所まで突き詰めて研究されてゐるか、此が一番の問題であると思ふ。勿論或点までは、随分先輩の人々も試みられてゐるに違ひないが、それ等は何れも皆、天井でつかへてゐる。譬へば、神道といふ語自身が、何処から来てゐるかすら、今までに十分、徹底して調べた人がない。
私は、神道といふ語が世間的に出来たのは、決して、神道の光栄を発揮する所以でないと思ふ。寧、仏家が一種の天部・提婆の道、即異端の道として、「法」に対して「道」と名づけたものらしいのである。さうした由緒を持つた語である様だ。
日本紀あたりに仏法・神道と対立してゐる場合も、やはり、さうである。大きな教へに対して、其一部に含めて見てよい、従来の国神即、護法善神の道としての考へである。
だから私は、神道なる語自身に、仏教神道・陰陽師神道・唱門師神道・修験神道・神事舞太夫・諸国鍵取り衆などの影の、こびりついてゐる事は固より、語原其自身からして、一種の厭ふべき姿の、宿命的につき纏うてゐるのを耻づるのである。だから、今日の神道の内容を盛る語ではない、と信ずるので、近来、尠くとも私だけは、神道といふ語を使はない事にしてゐる。私は此自説を証明する文献上の拠り処を、今までに可なり多く見たが、若し果して、神道の光栄を表する語である事が、学問的に証明せられるやうならば、いつでも、真に喜び勇んで、元に引き戻す覚悟である。しかし今日の処では、神道それ自身の生んだ、光明に充ちた語である、とは思ふ事が出来ない。
記・紀若しくは、祝詞などを見ると、中には、古語・神語などいふべき古い語が、随分ある。其等の言葉は、不思議にも、大抵此を現代語に書き改めることの出来る程に、研究は積まれてゐるが、私の経験では、真に其が不思議である。私の今まで最苦しんだのは、祝詞であつた。既に、今までに、半分位、二度までも、口訳文を書き直して見たが、其結果、祝詞の表現法を余程会得した。尠くとも、私自身としては、胸の奥・心の底から感得したと思うてゐる。
私は学校で、万葉の講義をしてゐるが、時々、なぜこんなに、すら/\と平気に、講義をすることが出来るか、と不思議に思ふ事がある。先達諸家の恩に感謝する事は勿論であるが、此処に疑ひがある。教へながら、釈きながら居る人の態度として、懐疑的であるといふのは、困つたものであるが、事実、日本の古い言葉・文章の意味といふものは、さう易々と釈けるものではなさゝうだ。時代により、又場所によつて、絶えず浮動し、漂流してゐるのである。然るに、昔から其言葉には、一定の伝統的な解釈がついてゐて、後世の人は其に無条件に従うてゐるのである。私は、これ程無意義な事はないと考へる。
其は私が、祝詞に於ける経験及び、古事記或は降つて、源氏物語を現代語に訳し直して、書き改めて見ての、厳粛な実感であるが、譬へば「天之御蔭・日之御蔭」といふ言葉でも、さうである。恐らく現今では、あの言葉が、常に同じ用語例を守つてゐるもの、と信じてゐる人は尠いであらうが、尚、少数の守株の敬虔家のあることも考へられる。其外の古い言葉でも、記・紀・祝詞・続紀・風土記の類を通じて、用ゐられてゐる同語にして、同じ用語例に入れては、解けないものが多く存在する。此は、今日の言葉に就ても、言はれる事であらうと思ふが、其が典型的な語義である、と予断されてゐる以外に、もつと違つた形のある事が、忘れられてゐはすまいか。若しそんな事実がないと思ふならば、其は余りに、前代の学者の解釈にたより過ぎて、当然せねばならぬ研究を、十分にしてゐない為ではあるまいか。此だけは、どなたの前に立つても、私の言ひ得ることあげ[#「ことあげ」に傍線]である。
次田潤さんも、あの「祝詞新講」を公にされるまでには、随分苦しまれたであらうと思ふが、実際に古い言葉を現代語に引き直して見ると、つく/″\困難を感ずる。尤、一通りの解釈は誰にでもつくが、本当に深く考へ出すと、訣らない事が多い。思ふに此は、口伝への間に変化したもので、各時代、各個人の解釈で、類型的の意味に於ての語義の、次第に其形が改められて行つた結果であらう。
前に言うた「天之御蔭・日之御蔭」の語でも、家の屋根とも解せられるが、又万葉巻一の人麻呂の詠らしい「藤原宮御井歌」を見ると、天日の影をうつす水とも取れるし、其外尚色々の意味
前へ
次へ
全10ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング