祭りの人数には備つても、祀る所は其祖神なるおに[#「おに」に傍線]であつたであらう。第三は使はしめ[#「使はしめ」に傍線]を、神奴の祖先と考へたかも知れない、と言ふ点である。神の内容が分解して、手代《テシロ》なる「神使」の属性が游離して来ると、神・神主の間に血族関係を考へる習はしを推し及して、神使ひの血筋としての神奴と言ふ考へ方が、出て来る事もありさうだ。さうすると、元来神奴が持ち伝へて来た信仰の対象の上に、使はしめ[#「使はしめ」に傍線]の姿が重つて来る訣になる。かう言ふ風に想像して見ると、神人が使はしめ[#「使はしめ」に傍線]を駆使する様になる道筋も、わかる様である。何にせよ、神人・童子共に、普通と違うた祖先を持つて居るとせられた事だけは、事実らしい。さう言ふところへわり込み易いのは、動物祖先の考へである。

     一二

安名と葛の葉の住んで、童子を育てたと言ふ安倍野の村は、昔からの熊野海道で、天王寺と住吉との間にあつて、天王寺の方へよつた村である。其開発の年代は知れない。謡曲「松虫」に「草茫々たる安倍野の塚に」とあるが、さうした原中にも、熊野王子の社があつて熊野の遥拝処にな
前へ 次へ
全57ページ中50ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング