、所属の社や寺の本殿・本堂に祀るところの本筋の神仏でない場合が多い様である。漂泊布教者は、大方は、神奴・寺奴出身の下級の人々であるが、其本所の本筋の神仏を持つて歩いたものと、さうでないものとがあつた様である。神人・童子以外にも、いろ/\な意味の半俗の宗教家が流離して遂には偉大な新安心を流布する事にもなつた。其はおもに、得度する事の出来なかつた寺奴の側で、神人の末は、多く浮ぶ瀬がなかつた様である。
高野山往生院谷の萱堂《カヤダウ》の聖は、真言の本山には、寄生物とも言ふべき念仏の徒であつた。これも元は、紀州由良[#(ノ)]浦の海人から出た寺奴であらうと思はれる。祇園の神人であつた摂津今宮村の神は「広田」である事は前に述べた。三輪の神人なる奄芸の里人の斎いた稲生《イナフ》の古社も、三輪明神には、関係がない様である。此事に就ては、いろ/\な事が考へられる。第一は、何の血縁もない奴隷に、家の神を拝ませる事をせなかつたからは、自由のなかつた神奴も、信仰は、古くから強ひられずに来たものと考へられる。第二は、神奴をおに[#「おに」に傍線]の後と見る事が出来れば、祖先が信仰せぬ神の庭に臨んだ習慣を其儘、
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