つて居た事は、平安朝末までは溯られる様である。此社から、更に幾つかの王子を過ぎて、信太に行くと、こゝにも篠田王子の社があつた。宴曲の「熊野参詣」と言ふ道行きぶり[#「道行きぶり」に傍線]に、道順が手にとる様に出てゐる。安倍野と信太との交渉は此位しか知れないのだから、今の処は必然の関係が見出されさうもない。
童子丸とか、安倍[#(ノ)]童子など言ふ名は、特殊な感じを含んで居る。作者の投げやりにつけたものと思へるかも知れないが、さうではない。類例のある名なのである。平安朝の中頃からは、ちよく/\見えて、頼光に讐をしかけた鬼童丸、西宮記には、秦[#(ノ)]犬童子と言ふ強盗の名がある。其同類に、藤原[#(ノ)]童子丸と言ふのも見える事は、南方翁が指摘せられた。
だが、角太夫の信太妻以来、歌舞妓唄にも謡はれた葛の葉道行きの文句には、「安倍の童子が母上は」とある。此辺の詞は、説経節伝来のものだらうと感じられるものである。「安倍[#(ノ)]童子」と言ふ名は、古くから耳に熟して来た為に、固有名詞らしい感じの薄い語ながら、ある落ちついた味はあつたものであらう。必、久しい間くり返されたもの、と思はれる親し
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