岩と、灌木の青葉と、風に断《キ》れ/\になつて、木の間に動く日の光りとが、既に、夕陽《ユフカゲ》を催してゐた。日がちり/″\に縮まつて、波も沈んだ色に見え出す頃、金白礁《カナシロセ》の薄雪のかゝつた様な岩肌が、かつきりと、目の前に浮んで来た。他国《タビ》から来た人と見て、慇懃に、さつきから色々な話を持ちかけて来る六十恰好の夏外套着た紳士は、白い髭を片手間にしごいてゐる。此金白礁といふ岩は、壱州の廻りに幾つもある。海の中につき出た黒い岩などが、頭から三盆白でもふりかけた様になつてゐる。
『湯[#(ノ)]本温泉の沖にあるのが、一番見事なので、此を「雪の島」と言うてゐます。昔の本には、壱岐の事を「ゆき」と書いてあるさうです。箱崎の神主の祖先の調べた、壱岐続風土記と言ふ書物は御覧か。村々の役場や、好事家が借り出したきり返さず、其あとの家にも、欠本のまゝになつてゐます。なに、東京の内閣文庫で、完本を見た。なる程、向うにもあることはあるさうです。が、地理に関した点ばかりの極《ゴク》の抄《ヌ》き書きで、役には立たぬ本だと、島から東京へ調べに行つたものが申しました。
郡役所の手で一つにとり寄せたら、と
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