《ノゾ》きこむ機関室のぼん/\時計は、五時に大分近よつたと言ふまでゞある。少し雲の出て来た様子で、蹄鉄形《カナグツガタ》の入り海の向う側の鼻の続きの漁師《レフシ》村は、まともに日を受けて、かん/\と照らされ出した。此黄いろい草の岡にも、強い横日がさして来た。其山の上へ、白い道がうね/\と登つて行つて居り、ぽつ/\と小さな墓が散らばつて見える。二三个処、旧盆過ぎて、まだなごりの墓飾りがちら/\する。絵巻物のまゝの塔婆の目に入るのも、なほ此海島に続いてゐる、古風にひそやかな生活を思はせ顔である。其阪道を、自転車が一台乗りおろして来た。あの上は台地だと言ふ事が察せられる。此が十分二十分とは言はない間、見上げて居た高台の崖の側面の村の全面に動いた物の、唯一つである。かう思うて来ると、島の社会の幽《カソ》けさに、心のはりつめて来るのが感じられる。
花やかな色で隈どつた船が二艘、大分離れて、碇を卸してゐるのは、烏賊釣りに来てゐる天草の家船《エンベ》だ、と教へてくれた。其は、機関の湯を舷に汲み出して、黒い素肌を流して居る船員の心切ぶりだ。出稼ぎに来て、近海で獲つた魚類は、皆壱州の三つ浦――郷野浦・勝
前へ
次へ
全46ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング