が徴発せられる公役の船方なのを見ても、漁業は副業として発達したものなのが訣る。だから、浦人から分化した町人全体に、元の形は、蜑だつた姿が見えると言うてよいと思ふ。
二つの町方の町人とても、壱岐の海部の末と言ふことは出来ない。だが、小崎・八幡の蜑よりも古く、住み着いた者の後が、心《シン》になつてゐることは断言出来る。結局、壱岐の海部の占ひは、唯書物の上だけの事になつて了うたのである。書物の上の名高い二つの事がらも、何の痕も残らぬ島の上に、何の関係もない日本武尊を言うたり応神天皇を説いたりするのも、其事蹟に似よりのある伝承が、久しく行はれて居た為、其に固有名詞を附与して、過去の信仰行事の固定か廃絶かした後、歴史的確実性を持たせようとするやうになつて来た為なのだ。村人の知識範囲に在るか、或は、多少歴史的妥当性の感じられる人や物を当てはめたと見る外はない。
壱岐の島でおもしろいことは、こんな小さな島――島の少年が、本土で受けた、此方の海岸から、投げたぼうる[#「ぼうる」に傍線]が彼方の海に落ちるだらう、と言ふ冷かしを無念がつた、と言ふ誇張した話も、此島を漫画化した程度の適切さを感じる小さな島国
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