ぎ留めた柱の折れたこと、其が岩に化《ナ》つて残つたこと、此等は民譚としては、珍らしく神話の形を十分に残して居るものと言へる。童話にもならず、英雄の怪力譚には、ならねばならぬ導縁が備つてゐるにも拘らず、さうもならずに居たのは、不思議である。百合若大臣の玄海|島《ジマ》は、壱岐の国だと称して、英雄譚がゝつた物語は、皆、百合若に習合せられてゐる国である。
他の地方では、非常に断篇化してゐるあまのじやく[#「あまのじやく」に傍線]の童話が、壱岐ではまだ神話の俤を失はずにゐる。昔「此世一生、上月夜」で、暗夜といふものゝなかつた頃、五穀豊熟して、人は皆、米の飯に小菜(間引き菜)の汁を常食してゐた。米も麦も黍も粟も皆、沢山の枝がさして、枝毎に実が稔つた。田畑の畔に立つて「来い/\」と招くと、米でも、豆でも皆自ら寄つて来て、手を卸さずとも、とり入れが出来た、と言ふ、そんなよい世の中であつた時、あまんしやぐめ[#「あまんしやぐめ」に傍線]が其を嫉んで、一々枝をこき取つて、茎の頭にだけ残して置いた。豆をしごき忘れたので、此だけは枝が多く出る。さうして最後に、黍をこき上げた時、其葉で掌を切つた。其血が、黍の
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