島渡りした、御館配下の古い村々以外の、新しいより百姓等の作つた在処々々では、此処へ霊祭りに来たのであつた。さうして、島の村々の歴史の目安となる念仏修行も、今は他村からは勤めに来なくなり、島の故老――恐らく二代三代前の者――すら、麦谷念仏の由来を知らぬ様になつて居た。
下女は又、河童が人間の女にばけて、お館の殿と契りを結んで、子を生んだ後、見露されて井《カハ》に飛び入り、海へ帰つた水界の信太妻《シノダツマ》の話を伝へる、殿川《トノカハ》屋敷の古い井《カハ》の、今も麦谷にあることを告げた。壱岐名勝図誌で準備しておいた知識ではあるが、此国へ来ると、まだ其地に臨まない先に、実感らしいものに浮き彫りせられて、其原因が捉へられさうな処まで、ちらつき出す刺戟を感じた。明日は麦谷から渡良の蜑の村を訪ねよう。かう思ひながら、蚊帳を跳ねてほんのり黴の匂ふ、而し糊気の立つた蒲団の上に、身を横にした。

     四

此国は、生き島である。生きてあちらこちらに動いた島であつた。其故に、島の名もいき[#「いき」に傍線]と言ひはじめたのである。神様が、此島国を生みつけられた始め、此動く島が、海の中にある事故、繋
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