で、はつきり見てとつた様な気がする。此人に荷物を負はせて、案内させながら、道々、豊かな予期がこみあげて来るのを、圧へきることが出来なかつた。再、此島こそ、古い生活の俤が、私の採訪に来るのを、待ち迎へてゐてくれたのだ、といふ気がこみ上げて来た。其先ぶれが、あの少年となり、蘆辺浦の風景となり、東京戻りの壱州人とのとり違へとなり、此中婆さんとなつて、私の心に来てゐるのだ、と言ふ気がして、此港の町の狭い家並みに、見る物すべてに憑《タノモ》しい心が湧いた。
私の宿は、郷野浦の町を見おろす台地の鼻にあつた。座敷の縁に出て、洋服のづぼん吊りを外してゐる時に、町の上のくわつと明るくなつたのは、電気が点いたのである。けれども私の部屋には、電燈がなかつた。次の間にも、玄関にもない。竹の台らんぷが、間もなく持ち出された。私の前に坐つて、飯をよそうてくれる若い下女の顔。茲にも亦、柔らいだ古い輪廓と、無知であつて謙徳を示すまなざしとが備つてゐた。下女は、私の問ふに連れて、色々な話を聞かせた。
下女の家は、郷野浦から、阪一つ越えた麦谷《ムギヤ》といふ処にあつた。旧盆には、麦谷念仏と言ふ行事が行はれた。引率者の下に
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