。其で自然、士分の人にも平等に近い態度で接し、仲間どうしは、勿論高下なくつき合うて居ました。
其が、さうした流民から得た謙譲の教へを、まともにとり込んだ素地になつたのです。どうも、私どもさへ、優美でもあり、平和でもあると誇りに感じます。譬へば、他人の家へ行つて、暇を告げる時の挨拶に言ふ「おきばりまつせ」「おいざと」などが、其です。夜戻る時は、「お寝敏《イザト》く」と、農村生活に夜の災を相戒める慣用句「おいざと」を使ひますし、唯の場合には、近所へ出かけても「おきばりまつせ」です。「お気張りませ」でありまして「努力して、家業に服し給へ」と言う風に、考へられてゐる様です。が、此は「努力して餐飯を加へよ」の意で「元気を出して、益健康にいらつしやい」の義だつたらしいのです。かうした旧生活の俤が、いまだに残つてゐる位です。昔から続けた組織以外の新しい階級などは、頭に入りにくいと見えます。だから今《マウ》一息、郡役所の権威は身に沁みない様です。』

     三

もう船は、島の南側に廻つてゐた。見るから暗礁《カクレバエ》の多かり相な、石田・初山の前海である。気ぜはしない震動を船体全体に響かしながら
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