た。――さう事實を設定して見れば、説明がし易い。其女性に相當知り合ひになつた彼が、手記を借りて讀む。小説の上の生活は、これから出發する。其と共に、虚構の生活は、先へ/\と蹈み出して行く。さうした生活を註釋するやうに、或は確實性を持たせる爲の樣に、小説の上の娘との交渉が進んで行く。謂はゞ、科學者の行ふ實驗のやうに、彼においては、生活の實驗が行はれて行くのである。
――私は斜陽の發表を、次々に見てゐる中に、ふつとそんな氣が起つた。小説の終末が作者の現實の中に留るか、更に虚構の世界にはみ出して行つてしまふか、この二つが頭に浮んで來た。だが、どちらも作者の考へとは喰ひ違つたことになる。これはどうしても、作者の肉體が限界になる。肉體の強靱がものを言つて[#「ものを言つて」に傍点]、虚構を征服してしまはねばならぬ。さうでなければあぶない事になる。こんな危殆《ヒアイ》な感じが心を掠めたものだつたが、何分實際に作者に行き逢つてゐない。知つてゐるのは、春部の話して聞す太宰君だけである。友人を清く見せることが、自分の生活のよさを示すことだと思ふ癖が、一群の青年にあるのだから、春部も、さういふ風の太宰君だけ
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