と岐れて行つてしまつてゐる。自分だけ守る生活といふものを、極度に信じた事から、たゞ一途に、自分の文學を追求して行つた。謂はゞ、筆は生活追求の爲に使はれてゐた。さうして段々、深みに這入りこんだ彼だつた。私などは、それに氣のつくことが遲かつた。斜陽の「新潮」にのりかけたのを見て、はじめて太宰君が何に苦しんでゐるか、といふことをおほよそ知つたくらゐのものである。現實の出發に先じて、虚構が出發してゐたのである。虚構といふと、とりわけ誤解がありさうな作物だから、文學が先に出てゐると言ひ替へてもよい。平易に、文學的作爲と言ふやうな語をつかつてもよい。斜陽の現實よりも、斜陽の虚構の方が先に發足してゐる。さうして展開する虚構の後を追つて、現實が裏打ちをして※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つた。――私はかう言ふ風に後を追つて考へてゐる。――事實と全く關係のないことだが――あの小説の女主人公のやうなものを、幻像を持つた作者が、偶然少し誇張を加へれば、幻像にぴつたりするやうな女人を知ることになる。それが、文學志願を抱いた娘なんかであつて、自分の閲歴に近いことを小説體に書いた手記風の書き物を持つてゐ
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