の人の言ふ彼の評判へ向けて、私の感じはいつでも、いこぢな對立を守つて讓らなかつた。
「ヴィヨンの妻」や「人間失格」も、かう言ふ範疇に入れて、私は見てゐた。平氣になつて考へると、私の思ひの中の太宰は、とく[#「とく」に傍点]の昔に、ある部分は、變つて行つてゐたやうである。かう言ふ經歴からすれば、私の考へることなどは、あて[#「あて」に傍点]になつたものでない。
小説乃至戲曲などいふ文藝に、ずぶ[#「ずぶ」に傍点]の素人である我々からすれば、若い此人の作物は、隨分驚くに堪へた經歴が、織りこんである。われ/\が終生それから離れない世間の生活の上に、虚構の生活――といふと、ことば[#「ことば」に傍点]がわるいが――文學者の希求《ケグ》の生活と言つたものが出て來てゐる。誰から許されて、そんな生活をした訣でもないが、其を積んで行く自由を持つてるやうに、彼らはどん/″\別途の生活の方へ分岐して行く。以前は、こんな生活を、簡單に詩人的だと稱へたものだが、今では、もつと輪をかけた形に、ひろがつて來てゐる。太宰君の文學者としての生活を見ると、いつか作物の上の生活が、世間の生活から、ぐん[#「ぐん」に傍点]
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