。更にその女性が逃げて行つて、普天間の岩穴に入つてしまつた。その乳母は、自分が仕へてをつた娘が逃げて行つたその後を追ひ掛けて行くと、道の草が、娘の神秘な威力に押されて、皆伏してをつたのですけれども、たつた一種類の草だけが頭をあげて上を向いてをつた。乳母が怒つて、その草を踏みつけた。そのために今でも沖縄では、その芝だけが踏みにじられたやうな形になつてゐる。平草《ヒラクサ》といふ草です。さういふことを普天間権現の由来として伝へてをります。かういふ風に沖縄の伝説を例にとつたのは、つまり、処女は神聖な生活をして、絶対に男を避けるものだといふ説明にぴつたりかなふからです。ところが日本の女性、――少くとも昔の人の考へてをつた日本の女は、それ以外にまだ目的をもつて、この世に現はれて来たやうに思はれる。例へば竹取のかぐや姫のやうに、何のためにこの土地に出て来たのか訣らぬ女性が相当に沢山あります。この世界を騒がせに来たやうなものです。かぐや姫は幸福だからいゝけれども、かぐや姫よりもつと不幸な女性の話は、丹後風土記に出てをります。即、比治山真名井といふ所に降りた天津処女の話はあはれです。その山の下にをつた
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