そんな何でもない事に感心した世の中だつた。斎入右団治が、そんなさばけたとりしまり[#「とりしまり」に傍点]をしたのも、原因があつた。老齢に向つて、彼の嗜んだ「茶」が、ものを言ひ出した所もあつた。書き物の「石川五右衛門」で、茶の宗匠になつてゐる隠れがの五右衛門を見たが、彼の得意だつた葛籠抜けや、釜煎りの五右衛門よりは、性根をよく表現して、こんな名人が世にあらうかと思はせた。少年期を出たばかりの鑑識を、今更保持する自信も薄くなつたが、ともかくよい役者であつた。高安の老先生が芝居ずきであつた事は聞いてゐたが、近年月郊――老先生の長男――さんの「高安の里?」を読んだら、斎入を認めないやうにとれる文章があつて、私の記憶の為に悲観した。斎入は下品な顔の男であつたと言ふやうに書いてあつたので驚いた。月郊さんは、斎入の顔を一まはり大きくした時蔵――後歌六――と、記憶をふり替へて居られるのではないかと思つた事である。東京でもさうだが、上方でもはつきり、座頭と脇役者とでは格が違ひ、育ちの違ふことを思はせて居た。時蔵は朝日座あたりでは、座頭格に居て、芸も技巧的でおもしろかつたが、中芝居、角芝居の座頭の勤まる
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