りと思い出されて来た色々の事。まるで、精神分析に関聯した事のようでもあるが、潜在した知識を扱うのだから、其とは別だろう。が元々、覚めていて、こんな白日夢を濫書するのは、ある感情が潜在しているからだ、と言われれば、相当病心理研究の材料になるかもしれぬ。が、私のするのは、其とは、違うつもりである。もっとしかつめらしい顔をして、仔細《しさい》らしい事を言おうとするのである。だから、書かぬ先から、余計な事だと言われそうな気おくれがする。
まず第一に、私の心の上の重ね写真は、大した問題にするがものはない。もっともっと重大なのは、日本人の持って来た、いろいろな知識の映像の、重って焼きつけられて来た民俗である。其から其間を縫うて、尤《もっとも》らしい儀式・信仰にしあげる為に、民俗民俗にはたらいた内存・外来の高等な学の智慧である。
当麻《たぎま》信仰には、妙に不思議な尼や、何ともわからぬ化身の人が出る。謡の「当麻」にも、又其と一向関係もないらしいもので謂っても、「朝顔の露の宮」、あれなどにも、やはり化尼《けに》が出て来る。曼陀羅縁起以来の繋《つなが》りあいらしい。私の場合も、語部《かたりべ》の姥《うば
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