うのが、何とも名状の出来ぬ、こぐらかったような夢をある朝見た。そうしてこれが書いて見たかったのだ。書いている中に、夢の中の自分の身が、いつか、中将姫の上になっていたのであった。だから私から言えば、よほど易い路へ逃げこんだような気が、今におきしている。ところが、亡くなった森田武彦君という人の奨《すす》めで、俄《にわ》かに情熱らしいものが出て来て、年の暮れに箱根、年あけて伊豆|大仁《おおひと》などに籠《こも》って書いたのが、大部分であった。はじめは、此書き物の脇役になる滋賀津彦に絡んだ部分が、日本の「死者の書」見たようなところがあるので、これへ、聯想《れんそう》を誘う為に、「穆天子伝《ぼくてんしでん》」の一部を書き出しに添えて出した。そうして表題を少しひねってつけて見た。こうすると、倭《わ》・漢・洋の死者の書の趣きが重って来る様で、自分だけには、気がよかったのである。
そうする事が亦、何とも知れぬかの昔の人の夢を私に見せた古い故人の為の罪障消滅の営みにもあたり、供養にもなるという様な気がしていたのである。書いている内の相当な時間、その間に一つも、心に浮ばなんだ事で、出来上って後、段々ありあ
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