つた地方になると、国原を歩いて居て、何時間も人に逢はなかつた。雑木原と黒木の林だけなら、其でよいが、ところ処桑畠がまじつて居て、却て人恋しいやうな寂しい気がした。海原の真中に、荒い芝が長く生えて居たり、山の鳥がそんな叢に出入りの姿を見せることもあつた。
確かまだ武者小路氏の「新しき村」が開かれない時分で、あの辺になつてゐたのだなと、後に思ひ合せた茶臼|原《バル》の曠野をも横ぎつた。
野は唯青くて、殊に夏のことだつたから、こぼれ生えの槿の木が多かつた。見わたす荒野に人近い気をさせる槿が林叢《ボサ》をなして、午後になつても、花が大きく咲いて居たのが、今も奥日向の印象を幽かなものにさせて居る。若山氏の「樹木とその葉」は読まなかつたが、あの集で見ると、沼津千本松原の新居に近い畔の槿の事が書いてある。『あの花を見る毎に秋を感じ、旅を思ふ』などゝ述べてゐる。この花に、名状出来ない懐しみを感じたこの人の心持ちは、私に説ける様な気がする。少々詩を持つた言ひ方をすれば、やつぱり日向の外に日向を求めようとして居たもの、としか思はれない。
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最上川ぞひに ひたすらくだり来て、羽黒《ハ
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