多くの紀行であらう。今度、久しぶりにこれを見かへす機会が出来た。氏からあの哀愁と酒の気分をとつたら、もつと歌が、かはつた、望ましい方へ進んで行つて居たことゝ思ふが、紀行も亦さうである。
平凡な旅もして居るけれど、私たちが見て感心することは、羨みに堪へぬよい道筋を多く知つて、其を通つて居ることだ。「短歌文学全集」の散文は、編纂があまり巧妙過ぎて短く截られて居る憾みはあるが、其からでも、読んだ色々な文章を思ひ現すことが出来る。
何しろ、あの人の生れたのが、既に私どもには魂をゆすられるやうな心地で通り過ぎた土地である。日向の美々津川の辺と言へば、三十代の私の旅行にも殊に印象が深かつた。あゝ言ふ辺で養はれた耳目を以て、見て廻つたのだから、山や海の感じ方も、よほど違つて居たらうと思はれる。文章には、あの感傷と、嗜好とが障碍になつて、之をひと通りの叙述にさせてしまつた処が多い。

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車井のあと多く残る並木原 国古くして、家居さだまらず
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美々津まで出てしまへば、村の家々が密聚して居て、朝夕の為事も人顔のちらつく処を離れないが、大隅寄りの、其も高原がゝ
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