六 執念の鬼灯《ホヽヅキ》
「五大力恋緘《ゴダイリキコヒノフウジメ》」に哀れな物語りを伝へた、曾根崎新地の菊野の殺された茶屋は、今年五十六になる私の母が、子供の頃までは残つて居たさうだ。芝居で見て知るよりも以前から、既に、私等は此話を聞いてゐた。其は曾祖母から口移しの話で、菊野が鬼灯を含んで鳴して居る処へ、源五兵衛(仮名)が来て、斬り殺したと云ふ事で、其執念が残つて、其茶屋の縁《エン》の下には、今でも鬼灯が生えるといふ物語りを、母が其まゝ、私等に聞かせた。子供の時分は、北の新地へさへ行けば、何時でも、菊野のかたみの鬼灯が見られるものと信じて居た。
       七 六部殺し
熊野|八鬼《ヤキ》山の順礼殺しのからくり唄[#「からくり唄」に傍線]に、云ひ知らぬ恐怖を唆《ソヽ》られた心には、この大阪以外には、こんな鬼の住み処も有ることか、と思うてゐたのに、其大阪もとつと[#「とつと」に傍点]のまん中、島の内にも有つたのだとは、此頃始めて、教へ子梶喜一君から聞き知つた。而も、其家の名まで明らかに知れてゐるのは、何だか田園都市の匂ひを感ぜずには居られぬ。
南区三丁目の沖田といふ家は、今はすべて
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