など言ふのは、難波に沢山ある名字で、戸主が本願寺のおかみそり[#「おかみそり」に傍線]を頂く節、貰うた法名を、そのまゝつけたのである。その中、会所であつたのをもぢつて改正、商買の質をわけて竹貝《タケガイ》・からや[#「からや」に傍線]と言ふ屋号を、唐谷《カラタニ》としたのなどは、秀逸の部である。旧来の通称の儘のは、茶珍《チヤチン》・徳珍《トクチン》・鈍宝《ドンボオ》・道木《ドオキ》・綿帽子《ワタボオシ》・仕合《シヤワセ》・午造《ゴゾオ》・宝楽《ホオラク》・雷《カミナリ》・鳶《トビ》・鍋釜《ナベカマ》などいふ、思案に能はぬのもある。
南波屋《ナンバヤ》が南波、木津|屋《ヤ》が木津谷《キヅタニ》になつたのは普通だが、摂津・丹波の山間十石から出て来て、屋号としたじゅっこく[#「じゅっこく」に傍線]を名字にしてから、俄かに幾代か前に、十石米を貧乏人に施した善根者があつたので、十石で通ることになつたのだ、と由緒を唱へ出した家もある。皆恐らくは、親類会議や、役場の役人の意見を借りたのであらうが、妙な名字を持つた家の子どもは、大困りである。「茶珍ちやあ(茶)沸せ」「徳珍とっくりぶち破つた」「宝楽(炮烙)わったら元の土」などゝ、小学生仲間から、始終なぶられてゐた。
由緒を誇る雲雀《ヒバル》(「折口といふ名字」参照)も、一歩木津の地を出ると、気恥しいと見えて、中学へ行つた一人は、うんじゃく[#「うんじゃく」に傍線]と音読をしてゐた。道木《ドオキ》の方も、重箱訓みを恥ぢて、みちき[#「みちき」に傍線]と言うてゐた。
一四 人なぶり
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はげ八聯隊、横はげ(又、単に横)四聯隊。
はげ山鉄道(てつと)道、汽車すべる。
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散文的な文句だが、音勢を揺ぶる様に強く謡うて、くやしがらせる。又みっちゃ[#「みっちゃ」に傍線]面(あばた)には、
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へんば[#「へんば」に傍線](みっちゃ[#「みっちゃ」に傍線]の一名。南区船場の口合ひ)火事|発《イ》て、みっちゃくちゃ(むちゃくちゃを綟る)に焼けた。
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みっちゃ[#「みっちゃ」に傍線]を更に、みっちゃくちゃ[#「みっちゃくちゃ」に傍線]とも言ふのである。
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みっちゃ[#「みっちゃ」に傍線]/\、どみっちゃ。ひきずりみっちゃ[#「みっちゃ」に傍線]引っぱった。ひっぱったら切れた。切れたら、つないだ。
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へんば[#「へんば」に傍線]は少し下卑た言ひ方である。ひきずりみっちゃ[#「ひきずりみっちゃ」に傍線]は、痘痕《アナ》の続いてゐる旁若無人なあばた[#「あばた」に傍線]面を言ふ。獰猛な顔つきは、子どもの憎悪を唆ると見えて「みっちゃ/\」の唄なども、其では慊《あきた》らぬか「ど、ど(又「ど※[#小書き平仮名ん、129−15]ど」)みっちゃ……」と憎さげに言ひかへる事もある。跛足《チンバ》を罵る時にも、同様「ち※[#小書き平仮名ん、129−16]ば/\。どち※[#小書き平仮名ん、129−16]ば」と謡ふ。
文句は確か、此ぎりの短いものであつた。其外か※[#小書き平仮名ん、129−17]ち[#「か※[#小書き平仮名ん、129−17]ち」に傍線](か清音)めくら[#「めくら」に傍線]などを嬲る文句も、あつた様だが忘れた。
下水道《スヰド》にはまるとか、糞を踏むとか、泥を握るとかした時は「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−2]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−2]ちょ」に傍線]にさぁ(触《サハ》)ろまい。石・金踏んどこ(<で置かう)」又は「石・金持っとこ」と言ふ。びゞ※[#小書き平仮名ん、130−3]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−3]ちょ」に傍線]は穢れた人と言ふ意。かう謡ひながら、石なり、釘なり、雪駄の裏金なりを、道ばたで拾うて持つ。びゞ※[#小書き平仮名ん、130−4]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−4]ちょ」に傍線]と言はれた子は、やつきになつて、びゞ※[#小書き平仮名ん、130−5]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−5]ちょ」に傍線]をうつさ(伝染)うとする。石・金を持たぬ子は、びゞ※[#小書き平仮名ん、130−5]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−5]ちょ」に傍線]になつて了ふので、石・金を持つてゐる中は、穢れが移らぬのである。裏金のついた雪駄をはいた者は、どんな事があつても、びゞ※[#小書き平仮名ん、130−7]ちょ[#「びゞ※[#小書き平仮名ん、130−7]ちょ」に傍線]の仲間入りはせぬ。人なぶりから、遊戯に近くなつてゐる。
遊んでゐて、泣くと「泣きみそきみそ」と言ふ。喧嘩に負けたり、虐められた子供の親がおこりに
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