三郷巷談
折口信夫
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)万代《モズ》八幡宮
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)泉北郡|百舌鳥《モズ》村大字百舌鳥
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)ど※[#小書き平仮名ん、129−15]ど」)みっちゃ
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)だん/\
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一 もおずしやうじん[#「もおずしやうじん」に傍線]
泉北郡|百舌鳥《モズ》村大字百舌鳥では、色々よそ村と違つた風習を伝へてゐた。其が今では、だん/\平凡化して来た。此処にいふもおずしやうじん[#「もおずしやうじん」に傍線]の如きは、殊に名高いものになつて居た。
此村には万代《モズ》八幡宮といふ、堺大阪あたりに聞えた宮がある。其氏子は、正月三个日は、たとひどんな事があつても、肉食をせないで、物忌《モノイ》みにこもつた様に、慎んでゐなければならぬので、堺あたり(堺市へ廿町)へ奉公に出てゐるものは、三个日は、必在処に帰つて、ひきこもつて精進をする。此村から出る奉公人は、目見えの際、きつと正月三个日藪入りの事を条件として、もち出す事になつてゐた。処が、村へ戻れぬ様な事でもあると、主家にゐて、精進を厳かに保つてゐる。労働者なんかで、遠方へ出稼ぎに行つてるものも、やはり、所謂其もおずしやうじん[#「もおずしやうじん」に傍線]を実行したものだ。でなければ、冥罰によつて、かつたい[#「かつたい」に傍線](癩病)になる、といふ信仰を持つてゐたのである。
もおずしやうじん[#「もおずしやうじん」に傍線]は、三个日は無論厳かに実行するのだが、其数日前から、既に、そろ/\始められるので、年内に煤掃《スソハ》きをすまして、餅を搗くと、すつかり精進に入る。来客があつても、もおずしやうじん[#「もおずしやうじん」に傍線]のなかまうちである村の人は、なるべくは、座敷《オイヘ》にも上げまいとする。縁台を庭に持出して、其に客を居させて、大抵の応待は、其処ですましてしまふ。
三个日の間は、村人以外の者と、一つ火で煮炊きしたものを食はない。それから、此間は、男女のかたらひは絶対に禁ぜられてゐるので、もし犯す事もあつてはといふので、一家みな、一つ処にあつまつて寝る。そして、三日の夜に入つて、はじめて精進を落す事になつてゐる。家によると、よそ村から年賀に来る客の為に、酒肴を用意して置いて、家族は一切別室に引籠つてゐて、客に会はない。そして、客が勝手に、酒肴を喰べ酔うて帰るに任せてあつた、とも聞いてゐる。近年は徴兵制度の為に、軍隊に居る者が三个日の間に肉食をしても、別に異状のないことやら、どだい、だん/\不信者の増した為に、厳重には行はれない様になつたさうである。
此風習の起原は、両様に説明せられてゐる。一つは、此村はかつたい[#「かつたい」に傍線]が非常に多かつたのを、八幡様が救つて下さつた。其時の誓によつて、正月三个日は精進潔斎をするのだといふ。今一つは、ある時、弘法大師が此村に来られた処が、村は非常に水が悪かつたので、水をよくして下さつた。其時村人は、水を清くして貰ふ代りに、正月三个日は精進潔斎をいたしますと誓つた。其時、証拠人として立たれたのが、万代八幡様であつたとも伝へて居る。
二 あはしま
どこともに大同小異の話を伝へてゐるあはしま[#「あはしま」に傍線]伝説を、とりたてゝ言ふほどの事もあるまいが、根源の淡島明神に近いだけに、紀州から大阪へかけて拡つてゐる形式を書く。
加太(紀州)の淡島明神は女体で、住吉の明神の奥様でおありなされた。処が、白血長血《シラチナガチ》(しらちながし[#「しらちながし」に傍線]などゝもいふ)をわづらはれたので、住吉明神は穢れを嫌うて表門の扉を一枚はづして、淡島明神と神楽太鼓とを其に乗せて、前の海に流された。其扉の船が、加太に漂着したので、其女神を淡島明神と崇め奉つたのだ。其で、住吉の社では今におき、表門の扉の片方と神楽太鼓とがないと言ふ。此は淡島と蛭子とを一つにした様に思はれる。しかし或は、月読命と須佐之男命と形式に相通ずる所がある様に、淡島・蛭子が素質は一つである事を、暗示するものかも知れない。
処で、此処に、も一つおもしろい事がある。其は、住吉につゞく堺の朝日明神の社に就ても、同様形式を伝へてゐる事である。白血長血、扉の件は同じで、海に放たれたのを朝日明神様であるといふ。神楽太鼓の件は、此方の話にはあるかないか断言しかねる。七月三十日(昔は大祓の日)には、堺の宿院の御旅所へ住吉の神輿の渡御がある。其をり、神輿が堺の町に這入ると、本
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