ですから、山は樂過ぎます。却て昨日晝半日の平地《ヒラチ》の旅にはくたびれました樣なことで御座います。
律師、その山から貰つて來たせがれ[#「せがれ」に傍点]は、何といふのだつたね。
穴師丸。
なに穴師丸。妙な名だね。
※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]惠は、これで引きとります。ます/\お榮えになりますやう。
※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]惠、山はよかつた――。日京卜を傳へたり、穴師を育《ハグク》んだり……又登山するをりもあらうよ。
その節を待ち望《マウ》けまする。
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※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]惠阿闍梨は、山の僧綱の志を代表して、麓の學文路《カムロ》村まで、大臣の乘り物を見送らうと言ふつもりで、山を降つた。だが紀の川を見おろす處まで來ると、何かなごりの惜しい氣持ちが湧いて來た。せめて大和境の眞土の關まで、お伴をしようと考へるやうになつた。國境の阪の辻まで來ると、何か牽くものゝあるやうな氣持ちが壓へられなくなつて、當麻寺まで送り屆けよう。山の末寺でもあり、知己の僧たちにも逢ひたくなつたのであつた。
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