急にこの建て物の中が、明るくなつて來たのは、誰かゞ來て妻戸を開いたからである。
おれはようべ、靜かな考へごとをしたいからと言つて、狹い放ち出での人氣のとほいのを懇望して、こゝに寢床を設けさせた。
ところが、夜一夜、おれは心で起きてゐたらしい。景色も、ある物もすべて、あの山の上の寺の町には見えたが、おれのからだ[#「からだ」に傍点]は、この邊の野山をうろついてゐた氣がする。第一、あの山での逍遙は、ちつともおのれの胸に息苦しい感じを與へなかつた。住僧たちの上から下まで無學で、俗ぽかつたことは、氣にさはつたけれど、少しも憂鬱な氣持ちを起させる三日間ではなかつた。處が、ようべ――けさの今まで續いてゐた夢―か―は、あの現實に續いてゐるとも思はれぬ、何かかうのしかゝるものゝあるやうな、――形だけは一つで、中身のすつかり變つた事が入りかはつてゐるやうだ。
こりやまるで[#「まるで」に傍点]伎樂の仁王を見てゐると思ふ間に、其仁王の身に猿が入り替つて、妙なふるまひを爲出したやうなものだ。
さういふ風に輕蔑してよいものにたとへることが出來たので、やつと、氣の輕くなるのを感じた。ついで、廣びろとした胸――、
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