て光りの輪を交す大塔――それを※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]る附屬の建て物、朱と雄黄と緑青の虹がいぶり立つやうに四月に近い山の薄緑を凌ぐ明るさであつた。
その日は思ひの外に早く昏くなつた。「彌生の立ち昏れ」と山の人々は言ふ、さうした日が稀にはあつた。晴れ過ぎる程明るい空が、急に曇るともなく薄暗くなつて、そのまゝ夜になる。かう言ふ日は、宵も夜ふけも、かん/\響くほど空氣が冴えて感じられる。
今は眞夜中である。都では朧ろな夜の多い此頃を、此山では、冬の夜空のやうに乾いてゐた。生れてまだ記憶のない恐しい昨日の經驗――それを此目で、も一度見定めようとしてゐるのである。其に底の底まで青くふるひ上つた心が、今夜も亦驚くか――、彼は二代の若い天子に仕へて來た。思ふ存分怒りを表現なさる上《ウヘ》の御氣色《ミケシキ》に觸れて困つたことも、度々あつた。あんな凄さとも違つてゐる。地獄變相圖や、百鬼|夜行繪《ヤギヤウヱ》に出て來る鬼どもが、命に徹する畏怖を與へる、あれともかはつてゐる。
とにかくに、かう言ふ常の生活に思ひも及ばぬことがあらうとは思はれぬ。だが目前に、この目で見た。信じてゐる自分では
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