も身につけない清淨な衣裝は、中堂の本尊に供養して、あと[#「あと」に傍点]を天野の社の姫神に獻るといふことになつた。多くの久住《クヂユウ》の宿徳僧《シウトクソウ》にとつては、唯一流れの美しい色の奔流として、槊木《ホコギ》にかけられてゐるばかりであるが、まだ心とゞろき易い若さを失はぬ高位の僧たちには、樣々な幻が、目や耳に寄つて來るのが、防げなかつた。まだ得度せぬ美しい稚兒や、喝食《カツジキ》を養うてゐる人たちは、心ひそかに目と目とを見合せて、不思議な語を了解しあふのもあつた。之を其等の性の定らぬやうな和やかな者の肌を掩はせて見たいといふ望みである。
翌けの日は、中堂大塔供養の當日である。護摩の煙の渦に咽せ返るやうな一日であつた。※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]惠律師は、其間大臣の家の子から出て、入山したと言つた俗縁でゞもあるかと思はれるほど、誠實に貴人に仕へてゐる。中堂の扉がすつかり、あけひろげられた。私闇《ワタシヤミ》の中に、烈々と燃え盛つてゐた修法の壇は、依然として、炎をあげてゐたが、夏近い明るい外光を受けた天井・柱・壁・床の新しい彩色が、一時に堂を明るくした。
折り重つ
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