象だと考へて來たのだね――。二百五十年|以後《コノカタ》、――知識の充滿してゐる山に、さりとては、智惠の光りの屆かぬ隅もあるものだ。
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貴人の顏は、いよ/\冴えて見えた。智惠の光りと言ふのは、此だと律師には思はれた。御廟の中で見た大師のみ姿――其を問はれゝば、隱しをふせることの出來ないやうな氣がし出したのが、彼には恐しかつた。
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春の日はまだ、暮れるに間があらう。ぼつ/″\開山廟まで行きたくなつた。そこ[#「そこ」に傍点]に一つ案内を頼みたいが――。
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僧綱にしては、少し口數が多過ぎると噂せられた律師は、靜かな擧措に、僅かな詞をまじへるだけなのが、宿徳《シウトク》の老僧の外貌を加へた。
一山を輝すやうな賻物《オクリモノ》や祿《ロク》が、數多い房々に配られた。宮廷からのおぼしめしもあり、大臣の奇特な志を示すものもあつた。中に、日頃の生活の色彩の乏しさを思ひ起させるほどきらびやかな歡喜を促したものは、この木幡の右大臣の北の方から寄進せられたといふ唐衣に所屬する一そろひの女裝束であつた。勿論度々の先例もあることだし、一度
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