ならぬ明るい午後、開山堂の中で見たのは、どうだつた。
おれは、きつと開山の屍臘を見ることだらうと想像してゐた。さう信じて、廿年に一度開く勅封の扉を、開けさした時、其から□□□□□その中の闇へ、五六歩降つて行つた時、※[#「蚌のつくり」、第3水準1−14−6]惠の持つてゐた燈《アカシ》が、何を照し出したか。思ひ出すことゝ、嘔氣《ハキケ》とが、一つであつた。思ひ出すことは、口に出して喋るのと、一つであつた。考へをくみ立てるといふことが、自分の心に言つて聞せることのやうに、氣が咎めた。結局、何も考へないことが、一番心を鎭めて置くことになつたのだ。大臣は、考へまいと尻ごみする心を激勵してゐる。
おれは、どうも血筋に引かれて、兄の殿や父君に、段々似通うて來る樣だ。あの決斷力のない關白の爲方を見てぢり/″\する自分ではないか。何事もうちゝらかしておいて、其が收拾つかぬ處まで見きはめて、愉しんでゞもゐるやうな、入道殿下《ニフダウテンガ》を見るのも厭はしい氣のしたおれだつたのに――。そのおれが、幻のやうな現實を、それが現實である爲に、一層それに執著して細かに考へようとしてゐる。無用の考へではないか。
急にこの建て物の中が、明るくなつて來たのは、誰かゞ來て妻戸を開いたからである。
おれはようべ、靜かな考へごとをしたいからと言つて、狹い放ち出での人氣のとほいのを懇望して、こゝに寢床を設けさせた。
ところが、夜一夜、おれは心で起きてゐたらしい。景色も、ある物もすべて、あの山の上の寺の町には見えたが、おれのからだ[#「からだ」に傍点]は、この邊の野山をうろついてゐた氣がする。第一、あの山での逍遙は、ちつともおのれの胸に息苦しい感じを與へなかつた。住僧たちの上から下まで無學で、俗ぽかつたことは、氣にさはつたけれど、少しも憂鬱な氣持ちを起させる三日間ではなかつた。處が、ようべ――けさの今まで續いてゐた夢―か―は、あの現實に續いてゐるとも思はれぬ、何かかうのしかゝるものゝあるやうな、――形だけは一つで、中身のすつかり變つた事が入りかはつてゐるやうだ。
こりやまるで[#「まるで」に傍点]伎樂の仁王を見てゐると思ふ間に、其仁王の身に猿が入り替つて、妙なふるまひを爲出したやうなものだ。
さういふ風に輕蔑してよいものにたとへることが出來たので、やつと、氣の輕くなるのを感じた。ついで、廣びろとした胸――、
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