とは、時たま世の中の瑞々《みづ/\》しい語草を伝へて来た。
奈良の家の女部屋は、裏方五つ間《ま》を通した広いものであつた。郎女の帳台の立《た》ち処《ど》を一番奥にして、四つの間に刀自若人凡三十人も居た。若人等は、この頃氏々の御館《みたち》ですることだと言つて、苑の池の蓮の茎を切つて来ては、藕絲《はすいと》を引く工夫に一心になつて居た。横佩家の池の面を埋めるほど、珠を捲いたり、解けたりした広い葉は、まばらになつて、水の反射が蔀を越して、女部屋まで来るばかりになつた。茎を折つては、繊維を引き出し、其片糸を幾筋も合せては、絲に縒る。
郎女は、女たちの凝つてゐる手芸を見て居る日もあつた。ぽつり/\切れてしまふ藕絲《はすいと》を、八合《やこ》・十二|合《こ》・二十合《はたこ》に縒つて、根気よく細い綱の様にする。其を績麻《うみを》の麻ごけ[#「麻ごけ」に傍点]に繋ぎためて行く。
この御館《みたち》でも、蚕《かふこ》は飼つて居た。現に刀自たちは、夏は殊にせはしく、不譏嫌《ふきげん》になつて居ることが多い。
刀自たちは、初めはそんな韓《から》の技人《てびと》のするやうな事はと、目もくれなかつた。だが時
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