とはなつて居なかつた。手をあげて唇にさはつて見ると、喙でもなかつた。やつぱり、ほつとり[#「ほつとり」に傍点]とした、感触を指の腹に覚えた。
ほゝき鳥《どり》―鶯―になつて居た方がよかつた。昔語の嬢子は、男を避けて山の楚原へ入り込んだ。さうして、飛ぶ鳥になつた。この身は、何とも知れぬ人の俤にあくがれ出て、鳥にもならずに、こゝにかうして居る。せめて蝶鳥《てふとり》にでもなれば、ひら/\と空に舞ひのぼつて、あの山の頂に、俤をつきとめに行けるものを――。
[#ここから1字下げ]
ほゝき ほゝきい
[#ここで字下げ終わり]
自身の咽喉から出た声だと思つた。だがやはり、廬の外で鳴くのである。
郎女の心に、動き初めた叡《さと》い光りは消えなかつた。今まで手習した書巻の何処やらに、どうやら、法喜[#「法喜」に傍点]と言ふ字のあつた気がする。法喜――飛ぶ鳥すらも、美しいみ仏の詞に感《かま》けて鳴くのではなからうか。さう思へば、この鶯も、
[#ここから1字下げ]
ほゝき ほゝきい
[#ここで字下げ終わり]
嬉しさうな高音《たかね》を段々張つて来る。
物語する刀自たちの話でなく、若人《わかうど》らの言ふこ
前へ 次へ
全148ページ中86ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング