《もの》から人間に到るまで、あれが形だけでもある限り、入りこまないことにした。こんな誓ひが人と鬼《もの》との間にあつた後、村々の人は、石城《しき》の中に晏如として眠ることが出来る様になつた。さうでない村々では、何者でも垣を躍り越えて這入つて来る。其は、別の何かの為方《しかた》で防ぐ外はなかつた。だから、唯の夜だけでも、村なかの男は何の憚りなく、垣を踏み凌いで処女の閨の戸をほと/\と叩く。石城《しき》を囲《かこ》うた村には、そんなことはもうなかつた。だから美《くは》し女《め》の居る家へは、奴隷《やつこ》の様にして這入りこんだ人もある。娘の父にこき使はれて、三年五年その内に、処女に会はうとした神様の話すらもあるくらゐだ。石城《しき》を掘り崩すのは、何処からでも鬼神《もの》に入りこんで来いと呼びかけることに当る。京の年よりにもあつたし、田舎の村々では、之を言ひ立てにちつとでも、石城を残して置かうと争うた人々が多かつた。
さう言ふ村々では、実例として恐しい証拠を挙げた。先年―天平六年―厳命が降つて、何事も命令のはか/″\しく行はれないのは、朝臣《てうしん》が先つて行はないからである。汝等、天下
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