傍題《はうだい》な事を言つて居る人々も、たつた此一つの話題を持ちあぐね初めた頃、噂の中の紫微内相藤原仲麻呂の姪の横佩家の郎女が、神隠しに遭つたと言ふ、人の口の端に施風《つじかぜ》を起すやうな事件が湧き上つたのである。


       四 ―その三―

兵部大輔《ひやうぶたいふ》大伴ノ家持は、偶然この噂を、極めて早く耳にした。ちようど春分《しゆんぶん》から二日目の朝、朱雀大路を南へ、馬をやつて居た。二人ばかりの資人《とねり》が、徒歩《かち》で驚くばかり足早について行く。此は晋唐の新しい文学の影響を受け過ぎるほど享け入れた文人かたぎの彼には、数年来珍しくもなくなつた癖である。かうして何処まで行くのだらう。唯、朱雀の並み木の柳の花がほけて、霞のやうに飛んで居た。向うには、低い山と狭い野が、のどかに陽炎《かげろ》ふばかりであつた。
資人の一人が、とつとと[#「とつとと」に傍点]追ひついて来たと思ふと、主人の鞍に胸をおしつける様にして、新しい耳を聞かした。今行きすがうた知り人の口から聞いたばかりの噂である。
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それで、何かの……。娘御の行くへは知れたと言ふのか。
はい……
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