。いゝえ。何分、その男がとり急いで居りまして。
間抜けめ。話はもつと上手に聴くものだ。
[#ここで字下げ終わり]
柔らかく叱つた。そこへ、今《も》一人の伴《とも》が追ひついて来た。息をきらしてゐる。
[#ここから1字下げ]
ふん。汝《わけ》は聞き出したね。南家《なんけ》の嬢子《をとめ》はどうなつた。
[#ここで字下げ終わり]
出鼻を油かけられた資人《とねり》は、表情に隠さず心の中を表した此頃の人の自由な咄し方で、まともに鼻を蠢して語つた。
当麻までをとゝひの夜の中に行つて居たこと。寺からは昨日午後、横佩家へ知らせが届いたこと。其外には、何も聞きこむ間がなかつた。
家持の聯想は、環のやうに繋つて、暫らくは馬の上から見る、街路も、人通りも、唯、物として通り過ぎるだけであつた。
南家で持つて居た藤原の氏《うぢ》の上《かみ》職が、兄の家から弟仲麻呂の方へ移らうとしてゐる。来年か、再来年の枚岡《ひらをか》祭りに、参向する氏人の長者は、自然紫微内相のほか人がなくなつて居る。紫微内相からは、嫡子久須麻呂の為、自分の家の第一嬢子をくれとせがまれて居て、先日も久須麻呂の名の歌が届き、自分の方でも、娘に代
前へ
次へ
全148ページ中64ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング