旧い習はしを守つて、どこまでも、宮廷守護の為の武道伝襲に努める外はない家持だつたのである。
越中守として踏み歩いた越路《こしぢ》の泥のかたが、まだ行縢《むかばき》から落ちきらぬ内に、彼にはもう復《また》、都を離れなければならぬ時の迫つて居るやうな気がしてならない。其中此針の筵の上で、兵部|少輔《せうふ》から、大輔《たいふ》に昇進した。そのことすら、益々脅迫感を強める方にばかりはたらいた。
今年五月にもなれば、東大寺の四天王像の開眼《かいげん》が行はれる筈で、奈良の都の貴族たちには、寺から特別に内見を願つて来て居た。さうして忙しい世の中にも、暫らくはその評判が、すべてのいざこざをおし鎮める程に、人の心を和やかにした。本朝《ほんてう》出来の像としては、まづ此程物凄い天部《てんぶ》の姿を拝んだことは、はじめてだと言ふものもあつた。神代の荒神たちもこんな形相《ぎやうざう》であつたらうと言ふ噂も聞かれた。
まだ公《おほやけ》の供養もすまないのに、人の口はうるさいほど、頻繁に流説をふり蒔いてゐた。あの多聞天と広目天との顔つきに思ひ当るものがないかと言ふのであつた。此はこゝだけの咄だよと言つて話した
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