づいた鈍《おぞ》ましさを憤つて居る。さうして自分とおなじ風の性向の人のまざまざとした成り行きを見て、慄然とした。現におなじ藤原びとでも、まだ昔風の夢に耽つて居た南家の横佩右大臣は、去年太宰|員外帥《ゐんぐわいのそち》になつて、都を離れて行つたではないか。自分の親旅人の三十年前に踏んだ道である。
世間の氏々の上は大方もう、石城《しき》など築《きづ》き廻《まは》して、大門小門を繋ぐと謂つた要害と、装飾とに興味を失ひかけて居るのに、何とした自分だ。おれはまだ現に、出来るなら、宮廷のお目こぼしを頂いて、石に囲はれた家の中で、家の子どもを集め、氏人《うぢびと》たちを召しつどへて、弓場《ゆば》に精励させ、矛ゆけ[#「矛ゆけ」に傍点]大刀かきを勉強させようと空想して居る。さうして、毎月頻繁に氏の神其外の神々を祭つて、其度に、家の語部《かたりべ》大伴ノ語ノ造《みやつこ》の嫗《おむな》たちを呼んで、之に捉へやうもない大昔の物語をさせて、氏人に傾聴を強ひて居る。何だか空な事に力を入れて居るやうに思へてならぬ寂しさだ。併し此より外に、今のおれに出来ることがあると言ふのか。
こんな溜め息を洩しながら、大伴氏の
前へ 次へ
全148ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング