家並みが、不時の出火で、痕形もなく、空《そら》の有《もの》となつてしまつた。
もう此頃になると、太政官符に、更に厳《きび》しい添書《ことわき》がついて出なくとも、氏々の人は皆、目の前のすばやい人事自然の交錯した転変に、目を瞠るばかりであつた。久しい石城《しき》の問題も其で、解決がついて行つた。
古い氏種姓《うぢすじやう》を言ひ立てゝ、神代以来の家々の職の神聖を誇つた者どもは、其家職自身が新しい藤原奈良ノ都には次第に意味を失つて来てゐる事に、気がついて居なかつた。
最早くそこ[#「そこ」に傍点]に心づいた姫の祖父淡海公などは、古き神秘を誇つて来た家職を末代まで伝へる為に、別に家を立てゝ中臣の名を保たうとした。さうして自分、子供たち、孫たちと、いちはやく官人《つかさびと》生活に入り立つて行つた。
ことし四十を二つ三つ越えたばかりの大伴家持《おほとものやかもち》は、父|旅人《たびと》の其年頃よりは、もつと傑れた男ぶりであつた。併し、世の中はもうすつかり変つて居た。見るもの障るもの、彼の心を苛《いら》つかせる種にならぬものはなかつた。淡海公の百年前に実行してしまつて居る事に、今はじめて自分の心
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