せる様に、鳴りわたる鐘の音《ね》だ。一《いつ》ぱし白みかゝつて来た東は、更にほの暗い明《あ》け昏《ぐ》れの寂けさに返つた。
南家の郎女は、一|茎《くき》の草のそよぎでも聴き取れる暁凪《あかつきな》ぎを、自身擾すことをすまいと言ふ風に、身じろきすらもしないで居る。
夜《よる》の間《ま》よりも暗くなつた廬《いほり》の中では、明王像の立ち処《ど》さへ見定められなくなつて居る。
何処からか吹きこんだ朝山|颪《おろし》に、御|燈《あかし》が消えたのである。当麻語部《たぎまかたり》の姥も、薄闇に蹲つて居るのであらう。姫は再、この老女の事を忘れてゐる。
たゞ一刻も前、這入りの戸を動した物音があつた。一度 二度 三度 数度、こと/\と音を立てた。枢がまるでおしちぎられでもするかと思ふほど、音に力のこもつて来た時、ちようど鶏が鳴いた。其きり、ぴつたり、戸にあたる者もなくなつた。


       四 ―その二―

奈良の都には、まだ時をり、石城《しき》と謂はれた石垣を残して居る家が、見かけられた頃である。
度々の太政官符《だいじやうぐわんふ》で、其を家の周《まは》りに造ることが禁ぜられて来た。今では、宮
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