り乍ら登つた旅びとは、東塔の下に出た。
其でも薄霧のかゝつたやうに、雨の後の水気の立つて居た大和の野は、すつかり澄みきつた。
若昼のきら/\しい景色になつて居る。左手の目の下に集中して見える丘陵は、傍岡《かたをか》である。葛城川もほの/″\と北へ流れて行く。平原の真中に旅笠を伏せたやうに見える。遠い小山は、耳無《みゝなし》の山である。其右に高くつゝ立つてゐる深緑は畝傍山。更に遠く日を受けてきらつく池は、埴安《はにやす》の水ではないか。其側に平たい背を見せたのは、聞えた香具《かぐ》山なのだらう。旅の女は、山々の姿を辿つてゐる。香具山をあれだと考へた時、あの下が、若い父母の育つた、其から叔父叔母、又一族の人々の行き来したことのある藤原の里なのだ。
もう此上は見えぬと知れて居ても、ひとりでに爪先立てゝ伸び上る気持が出て来る。
香具山の南の裾に輝く瓦舎《かはらや》は、大官大寺《だいくわんだいじ》に違ひない。其から更にまつ直に、山と山との間に薄く霞んでゐるのが、飛鳥の村なのであらう。祖父も祖々父《ひぢゝ》も其父も皆あの辺りで生ひ立つたのだ。
この国の女に生れて、一足も女部屋《をんなべや》を出ない
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