内になる土地の縄張りの進んでゐる最中、その若い貴人が、急に亡くなられた。都からお使ひが見えて、其ほど因縁の深い土地だから、墓はそのまゝ其村に築くがよいとのことであつた。其お墓のあるのが、あの麻呂子山だと言ふ。其縁を引いて、其郷の山には、後にも貴人をお埋め申すやうな事が起つた。
だが、此は唯、此里の語りの姥の口に、さう伝へられてゐると言ふに過ぎないことであつた。纔《わづ》かに百年、其短い時間も文字に疎い生活には、さながら太古を考へると同じことである。
旅の若い女性《によしやう》は、型摺りの美しい模様をおいた麻衣を著て居る。笠は浅い縁《へり》に、深い縹《はなだ》色の布が、うなじを隠すほどにさがつてゐる。
日は五月、空は梅雨《つゆ》あがりの爽やかな朝である。高原の寺は、人の住む所から、自ら遠く建つて居た。唯凡、百人の僧俗が、寺中に起き伏して居る。其すら、引き続く供養饗宴の疲れで今日はまだ、遅い朝を姿すら見せない。
女は、日を受けてひたすら輝く伽藍の廻りを残りなく歩いた。
寺の南境は、麻呂子山の裾から、東へ出てゐる長い崎が劃つて居た。其中腹と、東の鼻とに、西塔、東塔が立つて居る。丘陵の道をうね
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