山田谷に多い小桜―彼岸桜―の遅れ咲きである。
一本の路が、真直に通つてゐる。二上山の男嶽《をのかみ》と、女嶽《めのかみ》との間から、急に降《さが》つて来るのである。難波《なには》から飛鳥《あすか》の都への本道になつて居るから、日によつては、相応な人通りがある。道は白々と広く、夜目には、芝草の蔓《は》つて居るのすら見える。当麻路《たぎまぢ》である。一降りして又、大|降《くだ》りにかゝらうとする所が、中だるみにやゝ坦《ひらた》くなつてゐた。稍繁つた栢《かへ》の木の森がある。半世紀を経た位の木ぶりが、一様に揃つて見える。月の光りも薄い木蔭全体が、勾配を背負つて造られた円塚であつた。月は瞬きもせずに照し、山々は深く※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]を閉ぢてゐる。
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こう こう こう
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先刻《さつき》から聞えて居たのかも知れない。あまり寂けさに馴れた耳は、新な声を聞きつけようとしなかつたのであらう。だから今珍しく響いて来た感じもない。
こう こう こう……こう こう こう だが、確かに人声である。鳥の夜声とは思はれぬ韻《ひゞき》を曳いて来る
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