。声は暫らく止んだ。静寂は以前に増し、冴え返つて張りきつてゐる。この山の峰つゞきに見えるのは、南に幾重ともなく重つた葛城の峰々である。伏越《ふしごえ》、櫛羅《くしら》、小巨勢《こごせ》と段々高まつて、果は空の中につき入りさうに、この二上山と此塚を圧するばかり、真黒に立つてゐる。
当麻路をこちらへ降つて来るらしい影が、見え出した。二つ 三つ 五つ……八つ九つ、九人の姿である。急な降りを一気に、この河内路へ馳けおりて来る。
九人と言ふよりは、九柱の神であつた。白い著物、白い鬘《かつら》、手は足は、すべて旅の装束《いでたち》である。頭より上に出た杖をついて――九柱。この坦に来て、森の前に立つた。
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こう こう こう
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誰の口からともなく、皆一時に叫びが出た。山々の[#「山々の」に傍点]こだまは驚いて、一様に忙しく声を合せた。
だが山は、忽ち一時の騒擾から、元の緘黙《しゞま》をとり戻してしまつた。
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こう こう  お出でなされ。藤原南家郎女の御魂《みたま》。こう こう。
こんな奥山に迷うて居る時ではない。早くもとの身に戻れ。こ
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